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漏電  11月13日記 

空はまだ暗い。

きのうも結局、薪ストーブの前のソファで寝た。

和室の白々とした蛍光灯の光は苦手だ。

あの光りは隅々まで青い色にさらして、心まで冷たくする。

部屋はまだあたたかい。ストーブの扉をあけると、熾きがすこ

し残っている。

最後の一袋の生姜湯を飲む。テーブルには夕べのお銚子と盃が

そのままになっている。

氷点下一度。今朝も窓の外は一面霜に覆われている。

出発までに薪が一本か二本燃え尽きるだけの時間はある。

「これは詩集というより、一種のアート作品」(ヘンナコトヲ

イッテイル)ラジオから流れる声に耳がとまる。

「・・しなさいという、命令形・・・」

あ、もしかして。

「1964年に出版されたオノ・ヨーコのグレープ・フルーツは

当時・・」やっぱりそうだ。男の声は続ける。

「これはまたすごく難しい、地球が回る音を聞きなさい・・なん

てどうやって・・」「想像しなさい。千の太陽がいっぺんに空に

あるところを」「呼吸をしなさい。じぶんが呼吸をしている音を、

そして周囲で呼吸をしている人の息の音を聞きなさい、なんてそ

んなの難しいよねえ、周囲の人の呼吸を聞くなんて」「はしごに

上って空を見上げたって物理的にはほとんど意味がないことなん

です。だけどオノ・ヨーコはほんの少し自分の見方をかえれば世

界はかわるということを言っているんですよねえ。ジョン・レノ

ンのイマジンはオノ・ヨーコの・・・」

わたしはかつてこの本に衝撃を受けた。

そしてしげこさんと、詩を書いているという札幌の同級生T子に

おくった。しげこさんは気に入ってくれたが、T子は「あんたは

命令されたいんだね」と不思議なことを言った。

たしかに命令調だけれど、そう書かざるをえなかったのだと思う。

そうでなければメッセージの純度は失われることになっただろう。

半世紀振りに改訂版が出てそれは命令調が改められたと聞こえた

けれど、ほんとうだろうか(ここは電波のせいでときどき声が荒れ

る)。もしかするとT子のように不愉快に思う人がいたのかもしれ

ない。改訂版がでたのならそれも手にとってみたい。

サンルームとトイレの水拭きをして、ストーブの灰を処分する。

火が残っているといけないから土にまいては念入りに水をかける。

母に頼まれていた”塩もり”をしていると、とつぜん”バチッ”とい

う音とともにラジオの声が消えた。

分電盤を見ると、漏電ブレーカーが落ちている。ろうでん。漏電

といえば火災だ。頭が白くなる。わたしはこれから東京に戻らな

ければいけないというのに。

震える手で東北電力に電話をする。いくつかテストをして、ブレー

カーを落としておけば火災の心配はないと聞いて、胸をなで下ろす。

ブランデーをあおり気を鎮める。

10時のバスにはもう間に合わない、次は午後2時だ。

時間がないからと”塩もり”を雑にしていたのがいけなかったんだ

ろうか。皿に盛った塩をすべて袋に戻しやりなおす。

台所の神様、トイレの神様、お風呂の神様、居間の神様、玄関の

神様、今度はていねいにつくる。母は十一(とおいつ)がいいと

言って、だから神棚の塩を含めると塩もりは十一もある。

ぽっかりと空いた時間は4時間。

部屋には時間だけがぼんやりとつまっている。

聞こえてくるのは秒針の一秒一秒を刻む音、林から遠くきこえる

鳥の声、風がガラスを揺らしてゆらしてゆく音、家のどこかがき

しむ音、こんなふうに耳をかたむけたのはじつに久しぶりだ。

そして、耳が澄んでゆくことがここちよかった。

母に電話をしてオノ・ヨーコのグレープ・フルーツの序ついて話

す。第二次大戦中、田舎に疎開してだんだん食べるものがなくな

ってきたときのことだ。いつもは活発な七歳年下の弟のしょげて

いる顔を見て、胸が痛んだオノ・ヨーコは「なにが食べたい?い

ちばん食べたい物は何?」と訊く。驚いている弟に「おいしいお

献立を考えましょう。わたしは豚汁とミートローフがいいわ。そ

れからデザートはショートケーキ」弟はこたえる「ぼくは、アイ

スクリームの方がいいな」元気をとりもどした弟は次々とおいし

いものをあげて、おなかがいっぱいになったよというように弟は

おどけてでんぐりがえしをしてみせた・・・。

”でんぐりがえし”。のところで胸がつまった。

母は五歳下の弟を思い出して(この山の家の持ち主だった叔父の

ことだ)「おなかがすいておなかがすいて道ばたに落ちてたもの

食べたよと言ってね、そしてね、おいしかったって笑ったの」と

言って泣いている。いや、そうではなくて想像することの・・・

でも、もういい。母にはリアルなのだ。それぞれの理由で、二人

の女は電話口で泣いた。

なにげなく窓に目をやると、白い猫のお尻が見えた。猫?

おいかけて外に出るとお向かいのIさんと会った。長い立ち話。

家の中で死んでいた鳥はおそらく、キツツキだろうということだ。

水をおとし、トイレに不凍液を流す。鳥が入らない様にストーブ

の扉をきっちりと閉める。

鍵をしめ歩いているとき分電盤と目が合って、まさかねとおもい

ながらブレーカーを上げる。

すべての灯りは点灯して、ラジオからは賑やかな声が吹き出すよ

うに流れてきた。

漏電はなおっていた。

盛岡でいくつかの用事をすませて、盛岡駅に着いた時にはもうく

たくたになっていた。

そのせいかパソコンケースをみどりの窓口に置き忘れてしまった。

カツでも入れるかと、カレー屋でかつカレーを注文するときに荷

物が一つ少ないことに気がついた。

岩のように盛り上がったリュックと味噌や酒や器や土産や食料が

入った袋を持ち上げて、走る。

親切な誰かがインフォメーションに届けてくれて、グレーのパソコ

ンケースは札を付けられて机の上で沈黙していた。

「なかに何がはいっていますか?」「赤い表紙の辛永清の安閑園

の食卓と黄色い表紙の村上春樹の遠い太鼓が入っています」

「はい村上春樹さま、入っていました」と係の男は言ってパソコ

ンケースを受け取るための手続きの用紙をさしだした。

新幹線の座席に腰をおちつけても、なにかが不安なのかこめかみ

がヒリヒリして、ふいに涙がこみあげて来る。

たくやさんにはやく会いたい。

新幹線の中で盛岡の日記を書き続け、すこしだけ本を読んだ。

もうなにもすることがなくなって、外を見ているとあれは大宮と

上野の間のたぶん上野寄りだと思うのだけれど、白のゴシックで

「しゅうまい・肉まん」と抜かれた赤い看板文字に目が吸い込ま

れた。

あたたかいものが胸に流れこんできた。

しろくて、まるくて、やわらかくて、ゆげがでているあたたかい

ものだ。

そういうものがたべたい。


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by rika_okubo7 | 2015-11-19 11:40 | Trackback | Comments(4)
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Commented by shigeko at 2015-11-20 14:33 x
「グレープフルーツ」はもうボロボロ。

「盗みなさい。
 水に映った月を、バケツで。
 盗みつづけなさい。
 水の上に月が見えなくなるまで。」

「録音しなさい。
 石が年をとっていく音を。」

「立ちつくしなさい。
 夕暮れの光の中に。
 あなたが透明になってしまうまで。
 じゃなければ
 あなたが眠りに落ちてしまうまで。」

「道を開けなさい。
 風のために。」

ひとつだけ選ぼうとしたんだけど・・しぼれませぬ。

「ONO」も開いてみた。
こちらは命令ではなく指示。

 風のための絵

「任意の種を入れた袋に穴をあけ、
 風の吹くところにおく。」

これいいなぁと思ったら「グレープフルーツ」のなかに

「いろんな種のつまった袋に
 穴をひとつあけなさい。
 袋を風の吹く場所におきなさい。」

というのがありました。
Commented by rika_okubo7 at 2015-11-20 17:58
shigekoさま
うーん。いいねえ。
わたしはぜんぜん選べない(笑)

「いろんな種のつまった袋に
 穴をひとつあけなさい。
 袋を風の吹く場所におきなさい。」
の次のページの「光のバッグ」も好きだなあ。

ああ、やっぱり、どれもすきだなあ。

わたし、この本に耳、聴覚のこともずいぶんおしえられた。
耳を澄ますことはもともと好きだったけれど、
意識的に積極的に耳を澄ますようになったのは、グレープフルーツのおかげかも。

そっかわたしは「ONO」は持ってないの。
そうそう、改訂版ではなくて「どんぐり」という本が10月に出版されたそうです。
その本は命令形ではないみたい。ラジオの男が言っていた本はこれだと思われます。
わたしはとりあえず、図書館に予約をかけました。
内容がよければ、買います!
Commented by chie at 2015-11-22 10:37 x
20代のころ、青山にあったポストカード屋さんで,
真ん中に穴が開いている白いポストカードを買いました。
その穴から空を見なさいって書いてあった。オノヨーコさん作でした。
Commented by rika_okubo7 at 2015-11-23 16:38
Chieちゃん
なんてすてきなんでしょう。
紙に開けられた穴から空を見るだけで、心がずいぶんと落ち着くのではないだろうか、
と思いました。
ただそれだけのもの、のチカラは気付きにくいかもしれないけれど、それが持つチカラ
は大きいですね。
わたしは、クローズアップされた耳に蠅が留っているポストカードと、YESを虫眼鏡で拡大してい
るポストカードを買いました。どちらとも、好きだったし、今も好きです。