8月23日(日) 武蔵さんのトウモロコシ

秋風をはっきりと感じる。ココアや毛糸のセーターが恋しい。そ
う思わない?と同意を求めると、窓際でたばこを吸っているたく
やさんの肩が少し揺れて「僕はまだ暑いから、しばらくいいかな」
と言った。秋ですよ、秋。うれしいなあ。
今日は思いがけず札幌は石狩の武蔵さんからトウモロコシが届い
た。武蔵さんは今年の春に亡くなられて、だから息子さんご夫婦
の武蔵さんからのご好意なのだけれど、会ったことのない人たち
で、確か、自然食品のお仕事をされていると聞いた覚えがあるけ
れど、顔かたちも年齢も声さえも知らない。それは武蔵さんご夫
婦も同じことで、だから余計にありがたいと思う。電話だと何を
話していいかわからなくなりそうだからお礼はお手紙でしよう。
トウモロコシは20本入っていた。ますますありがたくなる。た
くやさんは時間をかけて彼のやり方で皮を剥いている。ツヤツヤ
光るヒゲを抜くにも時間がひつようで、むんずと掴みじわじわ引
っぱり、ずるりと抜く。その様子は、バービー人形の髪をまとめ
て奪っているようにも見えて、すこし痛々しい。ヒゲには利尿作
用があるので日干しにしてお茶にする。そして生前の武蔵さんに
教えられたとおり、トウモロコシを包んでいるうす緑の皮を一枚
残して茹でる。トウモロコシの甘い匂いが部屋いっぱいに広がる。
20本はさすがに食べられないので、茹でたてのアツアツを竹皮
に包んで、マンションのフロントの警備員さんたちに持ってゆく
と、とても喜んでくれた。男の人はそんなにトウモロコシが好き
なのかと驚くほどの喜びようだった。もしかするとただ単にお腹
がすいていただけかもしれないけれど。武蔵さんのトウモロコシ
は甘くて味が濃い。トウモロコシに前歯を立ててシャクシャクと
むしゃぶりついていると、風に吹かれて一斉に雄しべが揺れるト
ウモロコシ畑に、沈む太陽が鈍い光りを投げかける夕景が浮かん
できて、少しホームシックになった。